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| レイキの歴史 | |||
レイキのはじまり 19世紀半ば、臼井甕男(うすいみかお)先生は生命の神秘と宇宙エネルギーの活用について探求し続けていました。その長い努力と研究の結果、「宇宙に存在する生命エネルギー」を活性化し、上手に活用する「カギ」を見つけたそうです。そんなある日、先生は啓示を受けます。それは、京都の鞍馬山に入り、そこで21日間に及ぶ瞑想と断食を行うというものでした。そして、最後の21日目の朝を迎えた時、先生の中に光が降りてきて、ついにその方法を見つける事が出来たのです。それから、臼井先生は全身にエネルギーが満ち溢れるようになりました。その後、鞍馬山を降りた先生には手を触れた人々に奇蹟的な浄化や癒しが起こり続けたのです。 この啓示を受けたテクニックは「臼井靈氣療法」もしくは「レイキ(靈氣)」と呼ばれています。その後の臼井先生は、大正11年に東京青山に学会を設立。施術を行うとともに靈氣療法の公開伝授を行い、屋外に行列ができるほど盛況だったと伝えられています。 そして、当時は100万人を超える信奉者を有していました。
臼井先生からレイキを伝授された人の中に、軍医であった林忠次郎(はやしちゅうじろう)先生がいらっしゃいます。林先生は、臼井先生がお亡くなりになる直前に、靈氣療法の全ての内容を伝授されたと言われています。林先生は、軍人でしたが、退役後に東京・信濃町で靈氣療法専門の治療所を開き活躍されました。8つの治療台と16人の靈氣療法家により、1人の患者を2人の療法家で当たり、一人は頭部に、一人は上半身に靈氣をするというスタイルだったといいます。 臨床体験を活かす為に「林靈氣研究会」をつくられ、臼井靈氣療法をベースに独自の理論と技法を加えた「林靈氣療法」を確立されました。これは、海外に伝わったレイキの基礎となっています。 ハワイ生まれの日系2世 ハワヨ・タカタ先生(高田はわよ) ハワヨ・タカタ先生は1935年(昭和10年)に心臓、胃、肺、胆のうが悪く、このままでは余命幾ばくもないと診断されます。タカタ先生は、夫に先立たれ、小さい二人を抱えていたので、万一の事も覚悟して子供を親に預けるために、日本へやってきました。そして、病状が悪化し、大手術をするより仕方がないと、手術台に乗るのですが、丁度その時、「手術は必要ない」という内なる声が3回聞こえ、手術台を降りました。 手術以外に何か方法があるかと、医師に相談したところ、「治るのに時間は掛かるが、それでも良いのなら紹介しましょう」と言う事で、林忠次郎先生の治療所を紹介されました。そして靈氣療法を受けた結果、8ヵ月後には奇跡的に健康を取り戻されました。レイキの効果に感激されたハワヨ・タカタ先生は林忠次郎先生に弟子入りし、そこで約1年間働いた後、ハワイに戻られレイキ・クリニックを開きました。そこでは施術に専念されていましたが、1977年(昭和52年)頃からレイキ伝授を行い、22人のレイキティーチャーを育成されました。死を覚悟してた人が助かり、しかもその後 80歳まで元気にこの健康法を海外で精力的に広げていったのです。 そして、孫娘であるフィリス・フルモト先生が、タカタ先生の後継者としての役割を引き継ぎ、レイキ・アライアンスを設立され、多くのティーチャー達が、これに参加しました。 現在、アメリカの病院内では、レイキ療法が認可されている州があります。イギリスやカナダでは、レイキヒーリングに医療保険が適用され、ドイツ、オーストラリア、インド、シンガポール等、レイキは、代替療法としてもポピュラーな存在となっていきました。日本においては、戦後からレイキは忘れ去られたような状態でありましたが、1980年代後半に海外から逆輸入されるかたちで普及しています。 |
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